個別進学塾教匠平木のブログです

by kyosyo-hiraki

今週の和歌「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」

こんにちは、個別進学塾教匠講師の平木です。このブログでは、和歌などの古文の話や歴史の話などを、いろいろな余談も交えてしていきたいと思います。


第1回は、高校生なら一度は目にするであろうこの和歌を紹介します。


 世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし

 (伊勢物語・第八十二段)


平安時代の歌人、在原業平の和歌です。「世の中に全く桜がなかったならば、春の人々の心は穏やかであっただろうに」というのが大まかな意味となります。別に桜が嫌いだからといってこのような和歌を詠んだわけではありません。桜が咲いていることで「いつ散ってしまうのか…」と心配してしまう。それほどまでに美しい桜を愛おしく思う気持ちが表れた和歌です。


今でこそ「花」といえば、人によって様々な花を想像すると思います。平安時代にさかのぼると、「花」という単語を「桜」という意味で使っているものがたくさん見られます。日本人にとって、昔から桜は特別な存在であったことがよくわかりますね。(古文の文章中に「花」と出てきたら、まず「桜」ではないかと考えてみてください)


この和歌の文法的なポイントは、助動詞「まし

「~ましかば/ませば/せば/未然形+ば、…まし」の形で反実仮想(もし~ならば、…だろうに)の意味をとります。また、上の形以外で助動詞「まし」が用いられている場合は、ためらいの意志(~しようかしら)ととる場合が多いです。


 今回の和歌では、第三句に「せば」の形があるので、反実仮想の意味で取れます。


 桜がすぐ散ってしまうように、多くのものが移り変わっていくこの季節、ぼーっとしていたらすぐに終わってしまいます。いろいろな変化に取り残されず、気を引き締めて様々な物事に取り組んでいきましょう。


 hiraki


by kyosyo-hiraki | 2016-04-12 10:00 | 和歌